November 10, 2010

Utada The Bestについて、雑感 3

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<ビジネスとしての音楽 / ダイレクトなメディアの功罪>


「音楽でビジネスをすること」を無条件に敵視する音楽ファンがいます。1音楽ファンとして気持ちは分かります。色々書きたいことはありますが、複雑な問題ですので別の機会に譲ります。でも1つだけ言わせて下さい。

商業ベースに乗せなければ、あなたが好きなその音楽はあなたの耳には届かなかったかもしれません。そして、その方法を選んだのはアーティスト自身です。

これは誤解しないで頂きたいのですが、レコード会社の人間だって、音楽が好きだからやってるんです。そこに尽きます。

もちろん上層部で純粋にビジネスに徹する人もいないわけではありません。でも大抵はバカみたいに音楽が好きで、「好きを仕事にする」ことの理想と現実のギャップに悩みながら、徹夜だろうとこきつかわれようと、できるだけ多くの人に自分が好きな音楽を届けたいと日夜奔走するのです。

上層部でどんな政治的な駆け引きや大人のやり取りが行われていたとしても、現場は1枚でも多くサンプルを配ること、少しでも魅力的なキャッチコピーを考えること、1枚でも多く初回注文をもらうこと、に全力を注いでいます。「うちのアーティスト」として誇りを持っているからです。
メディアとか評論家とかお店とかその他色々なビジネス相手にどんな無体なことを言われても、アーティストに不利になることがないように、イメージを崩さないように、を最優先に頑張るのです。それがレコード会社の現場です。

そこに今回のようなアーティストの生の言葉が、レコード会社も事務所も通り越して、ダイレクトにファンに届く。
もし私がその立場にいたら、恐らく空しさで立ち尽くしてしまうと思います。

自分達がミーティングを重ねて立てた戦略に基づき、日々足を棒にして繰り返している宣伝や販促ーラジオ局やテレビ局を回ってオンエアを獲得したり、お店と交渉して良いスペースに商品を並べてもらったりすることーよりも、アーティストが一瞬で発信した「買わないで」という一言の方が何万倍も訴求力があるのです。

宇多田さんは後にブログでユニバーサルの現場スタッフに謝罪していましたが、言ってしまった言葉とその効果の絶大さはもう取り消せないでしょう。
実際に売れる枚数がどうこうではなく「宇多田がそういうなら買わない」という声がネットにあふれること。それ自体が問題なのです。

アーティストは商業ベースに乗った時点で「アイコン」です。アーティスト本人も、アーティスト自身のものではなくなります。
メディアが、事務所が、レコード会社が、ファンが、そして本人が、共同で作り上げるものです。

ファンの人は、自分が好きなアーティストの魅力が、全てアーティスト本人に帰するものだと思いたいかもしれません。
でも例えば野球の名プレイヤーも自分にあったチームに所属できずに活躍の場を失っていくこともあるように、アーティストが魅力を最大限に発揮するには、客観的なプロデュースと良い環境が必要です。アーティストもチームプレイなのです。多くの人の力を合わせなければ、より多くの人に音楽を届けることができません。

そんな中、一方的なイメージの押しつけに居心地の悪さを感じ、自分で発信するアーティストが増えています。それを可能にする方法が色々と増えたからです。昔はそういう手段は深夜のラジオくらいで、リスナーもそのアーティストのファンがメインでした。でも今は、ラジオの数倍のスピードでより広い範囲の人々に情報が届いてしまう時代です。

もちろんそれ自体はとても良いことだと思います。もし私がただの音楽ファンだった10代の頃に、大好きなアーティストのブログにコメントができたり、自分のTwitterのタイムラインにアーティストがいたり、あまつさえコメントを返してくれたりしたら。きっと嬉しくて3日くらい眠れなかったでしょう。今の音楽ファンの人達がうらやましいです。

ただそれは使い方を一歩間違えると、そのスピードと波及効果の高さ故に「トランプのジョーカー」になる可能性もあります。

多くの人のプランニングと地道な努力、多額の予算、長い年月…様々な「カード」を駆使した末にようやく築き上げられた「アーティストイメージ」そして「キャリア」。
それをブログやTwitterでの一言が、良かれ悪しかれ、一瞬で左右してしまう。戦略も何もあったものではありません。

「アーティスト本人からの発信」はあくまで数あるカードの中の1枚です。最も強く魅力的な1枚かもしれませんが、それ故に慎重に使われるべきですし、そもそも他のカードもなくてはゲームは成立しないのです。

そういう意味では、今回の騒動はどのレコード会社にとっても苦い教訓を残したと思います。

アメリカ大統領戦の際、オバマ候補のTwitterが大きな話題になりました。後からあれは本人の発言ではなかったと知って、がっかりしたのは私だけではないはずです。でも戦略的にはそれが正しいやり方です。彼のブレインが緻密に練り上げたプランを、オバマ氏自身がうっかり崩してしまったとしたら。Twitterが命取りになったなんて洒落になりません。

ダイレクトなメディアの功罪は、今後もっと積極的に議論されるべきだと思います。

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…とのんびり分割更新しているうちに、宇多田さんがEMIとワールドワイドの契約を結んだというニュースが飛び込んできました。うーん…。これについても追って書きます。

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